ALISA SUNAGA Archive

過去・現在・未来の寿永アリサ。

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寿永アリサ アーカイヴ

世界を駆け巡るアリサの心♪
Tokyo~NewYork~Habana~Barcelona~BuenosAires~Africa

ALISA SUNAGA Archive

「キューバン・ラテン」から一歩足を踏み出すと
国境の無いその音楽には「自由」という名の
「大海原」が開けていた。
波間の向こうに永遠と続く
七つの海に船出した私の心は
どこに辿り着き何に出会うのでしょう。 寿永アリサ


Please enjoy this video!!!





Alisa con MAESTRO A night in BuenosAires 「Obssecion short version1」
寿永アリサ・コン・マエストロ「ブエノスアイレスの夜」
member
寿永アリサ alisa sunaga vocal
高木潤一 junichi takagi flamenco guitar
会田桃子 momoko aida violin
早川純jun hayakawa bandneon
織原良次ryoji orihara electric fretless bass
大儀見元gen ogimi Percussion

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GIFT part2

自分にはどんな才能があるのか

最初から分かっている人間はいない。



幼少のうちから天才的な能力を開花させ

注目を浴び人生の挫折を何も知らぬまま

王道を生きる人もいる。



何の才能も無いと錯覚して

落胆と失意のうちに

限りある人生の終焉を迎える人もいる。



才能を持たぬものなどいない。

誰もが素晴らしい豊かな泉の様に

湧き出ずる才能があるはずだ。


人間は、その持てる才能の一萬分の一

いやっ、百萬分の一しか

使わずに、

また、

見つけられずに、

生涯を終える。




限りある生の時間の中で、

何処にどれだけあるか分からない

「才能」を見つける「人生ゲーム」をしに

今世我々は、この世に放り投げられる。

ゲームのスタートだ。




記憶もない

経験も消され

喋る事すら出来ない

真っ白なところからの

「赤ちゃん」というスタートラインに

着くところから始まる。


先ずは、先祖と親という

繋がりの中で、目覚め。

気候・風土・国・地域・言語という

外部環境という象徴秩序の

枠組みの中で、

ひとつ、一つ、

自分を構成してゆく要素を積み上げてゆく。



しかし、この人生ゲームは、

自分探しの旅だから誰一人とて同じ

環境にいない設定になっている。




どうやら私たちは、

ロールプレイングゲームの世界へ

迷い込んでしまっているようだ。




「才能」探しの旅は様々だ。



3歳からヴァイオリンを始めたからと言って

誰もが、一流の[ヴァ―チュオーゾ]になれるわけでもない。


小学一年生で大学の学士を取得したと言われる天才少年が、

ドラッグで成人になるころには廃人になって

非業の死を遂げる者もいる。



ヘミングウェイ・ゴッホ・太宰治・川端康成

天才が自ら自分の「人生ゲーム」の終了ボタンを

押してしまうことも珍しくはない。



才能があっても素晴らしい人生とは

思えない人も沢山いる。



また特別、才能が開花したということも無く

平凡に家族と愛に包まれて逝く者もいる。




私たちは、ここに何をしに来たのか?



代を継ぐ為だけに生まれて来たのか。

何かの発明をして人類の科学の進歩に貢献するためなのか。

理想を掲げ革命を起こすためなのか。

後世に残る美しい絵画を書くためなのか。

100mを9秒台で走る為なのか。

美しい歌を歌う為なのか。

可愛いわが子を愛する為なのか。



あなたは、何をするために「ここ」に来たのか。



「ここ」にあなたが来たのには、理由が必ずある。



その理由を探す旅。

それが、この「人生ゲーム」。

ヴァーチャルリアリティの世界は、

実は「ここ」なのかもしれない。



ゲームには、ルールがある。

時間制限ももちろんある。




人生が終わるまでの間、

自分の才能を最も引き出したものが、

その「成果」として

次のステージのためのポイントをもらえるとか。

ヴァージョンアップ出来るとか。

そういう事なのだろうか。



それは、誰にもわからない。




才能を発掘する旅。



Alisa con MAESTROのメインコピーライティングは、

アリサが七つの海をめぐる旅へと出て

何処へ行こうとしているのか

自分でも分からない。


という内容だが、

これは、音楽的にキューバからフラメンコに行って

ジャズへ行くといった意味ではない。




アリサが、「ここ」に来た理由を探す旅に出たという事だ。

誰もが、知るすべもない自分の人生の終着点。

でも、前に進まなければ

何も生まれない。

何も見つからない。

アリサもどこが、ゴールか分からないけれども

未だ見ぬ自分探しの旅。

それが、この「人生ゲーム」。





誰もが、知りたい本当の自分の才能。

才能を油田に例えるなら

浅部に莫大な埋蔵量を誇る油田なのか?

掘っても掘っても枯れた油田なのか?

油田と思っていたのが金鉱に当たることもある。

そこじゃなく、こっちを掘ればすぐ出る油田。

何も埋蔵物の無い痩せた土地なのか?

何処をどれだけ掘れば何が出るのかが

分かっていれば

誰も苦労はしない。



自分の本当の才能に気付ける人間なんて

いないに違いない。

もしそんな人がいたらお目に掛かりたいものだ。

人生には終わりがあるが、

才能には終わりが無いからだ。




もし、自分で「自分の才能ってこんなもんだな。」

と思ったなら

それは、

とんでもない思い上がりだ。

自分に対する言い訳が欲しいだけで、

その瞬間、その人間の進歩は止まる。



もしかしたらその人は、

自分は最高の歌手だと思っていても

実は、作家になっていたらノーベル文学賞を受賞するほどの

文豪としての資質を十二分にもっているにも拘らず

「歌手」である自分に「執着」し続けたがために

ノーベル賞を逃した逸材かもしれない。




何処で、

何に出会い、

感じて、

執着を捨て、

意志もて行動するか。


そこが別れ道なのだろう。

 


みんな「才能」という天から授けられた

「贈り物」=「ギフト」を

探し求めて人生を生きている。



しかし、その「執着」がすべてを邪魔して

自分の才能に蓋をしている人が

ほとんどではないだろうか。


今ある地位や有形・無形の財産を捨てて

違う価値観の中で明日から生きられるか?

だいたいの人間が、「No!」と答えるだろう。

自分もだ。

最も難しいことだと思う。



でもその執着を捨てなければ

次には、行けないのも事実である。




油田を掘るのに

掘削する前の調査が大事とは言え、

自分という「油田」を掘り探るのに

人間のつくった適正検査など

何のあてにもならないもので

人生など図りようもないはずで

でも従順にそれに従わせようと

企てているのが学校教育だ。


人生というステージは、

予測できない未来という

宝探しの地図を片手に

ワクワクしながら

自分を知る為の

アドヴベンチャー映画のようなものである。

この世とは、実にマカ不思議なところである。




ギフトは、誰にでも

いずれかのものは

与えられているにも拘らず

「受け取る」ことが難しいということなのだ。




アリサが「受け取る」と聴いた天の声。

その「ギフト」とは何を意味するのだろう。



もちろん「命」を「受け取る」ことも

先ず初めてこの世に生を受けて神から授かる「ギフト」。

五体満足に生まれてくること自体の奇跡に

感謝をすることを忘れがちな人も多いことと思うが

すべての根源であり、ココからすべてが始まる。




苦難の幼年期・青年期を生きたアリサは、

「命」に感謝して、決して投げるようなことはしなかった。

そんな最初に「受け取った」命を大切に生きたからこそ

その次に来たるべき「ギフト」を受け取ることが出来たのだと思う。




あまりにも遅すぎるその第二の「ギフト」との遭遇。

女子が、15歳から一人で人生を生き抜くことの難しさ、

世の中に翻弄された10代。


病気と大怪我を一人乗り越え、

8年間に渡る母ミッチー大内の闘病生活の支えとなり

自分の人生を顧みる心の余裕もなく、

矢の如く過ぎ去った20代。


もしかしたら、彼女の人生にその「遭遇=出会い」は

訪れることはなかったかもしれない。



全く自分の人生に無かった音楽との「出会い」。




それも、マチュピチュの山中で4日間の瞑想の果てに

降りたペルーのリマの街。

ディスコでかかっていた

グロリアエステファンの歌を聞き流していたら

歌手・寿永アリサは

今、存在しなかったかもしれない。





メンターとの出会い。

中南米への旅。

マチュピチュの山中に降り注ぐ星々。

リマのディスコ。

映画「Buena Vista Social Club」。





すべては、恣意的な出来事の連続が

今を創っている。

30歳で歌手を志す寿永アリサには、

何の迷いも無かった。




それまで、アマチュアミュージシャンとして

活動をしてきたわけでもなく。


何の経験や実績があるわけでもなく。


音楽を学んだことはなく。


歌も訓練を積んだことも無く。


ライブやコンサートに行ったことも無く。


知っているミュージシャンがいるわけでもなく。


マイルス デイビスの名前すら知らない女子。


オマーラ ポルトゥオンドの名前すら知らない。


アルトサックスとテナーサックスの違いも知らない。


ギロとマラカスの違いも知らず。


スキャットもライブの本番中に初めて知った。


そんな、音楽とは隔絶した世界で生きて来た女子。






それでも、「迷いが無かった。」



それが、まさしく「第2のギフト」なのだ。

























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